スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
--:--  |  スポンサー広告  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.17 (Mon)

天狗様に祈る炎(晩秋秩父・1)

土曜午後から短い旅に出てきました。出かけることの多い秩父地方、旧荒川村。毎年11月の第3土曜日の夜、白久地区の原耕地で行なわれる「原の天狗(てんごう)祭」の様子です。

「天狗」と書いて「てんごう」。元々山の神、天狗様をお祭りする子供による子供の為の行事で、「天狗小屋」を櫓のように組立て、日中はお籠もりし、遊んで楽しんだ後、夕刻に小屋に点火、1年の健康と安全を皆で祈願します。

tenkou0.jpg

写真で周囲に人が集っているのがかすかにおわかりかと思いますが、写真は三枚とも、櫓が次第に燃え落ちていくところ。
クライマックス、火がともされ、小屋材料の竹のはぜる音と共に火の粉の柱が勢い良く夜の空へと立ち上ります。その火の柱の様子をお見せできなくて残念。白久駅から歩いて十分ほど、道路沿いに会場内の小高い丘から上る火の粉でできた柱は本当に大きく、美しいものでした。

この子供の火祭り「天狗祭」ですが、昔は荒川のそこかしこで行なわれていたそうですが、現在残っているのはこの「原の天狗祭」のみに。しかもこの原の櫓はかなりの規模のもので、今は大人の参加が多いのですが…。

tenkou1.jpg

当日泊まった宿の方にお伺いすると、昔は子供たちそれぞれに縄張りがあって、そこでほとんど子供たちだけの力で小さく小屋がけして祭りを楽しんでいたとのことです。(定かでは無いが、子供の無病息災を願うということもあり、時節柄七五三にあわせて行なっていたかもしれない、とも仰っていました)。原のものは少子化のため子供より大人の参加や作業の手が多くなった現在でも、大事な伝承の保存のために、大規模なものにしているのでは、とも。

tenkou2.jpg

だんだん火が小さくなって、祭りは終わりに近づきます。最近少子化に加えて火災予防などのために祭りを取りやめたところもあるそうです。

sasara1.jpg

さて、こちらはまた別口の祭りで奉納されるもの。続きは明日の更新ででも…。
スポンサーサイト
12:34  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑

2008.11.07 (Fri)

里神楽の季節。

この季節には秩父などに足を伸ばして、地元の小規模なお祭りや伝統芸能を見たりするというのが恒例でしたが、なんだか今年は行けそうも無いので去年をしのびつつ。秩父鉄道武州日野駅を降りて直ぐにある秩父市(旧荒川村)指定文化財である浅間神社の神楽。この時の演目は「蛇」(ヤマタノオロチ退治)でした。

orochi.jpg

倒すにはちょっと可愛い?大蛇。スサノオノ命に迫ります。
長い間伝えられてきたものが何度となく廃れそうになった中で、ここではお子さんも参加したり、紛失した面なども新たに作り直したりなど、過疎の中での頑張りを見せてくれます。

orochi2.jpg

大団円はクシナダヒメと一緒に「八雲立つ~」と朗々と。奉納の日は出店などの特段な賑やかさはないですが、境内は地元の人が中心に和やかに、のんびりとした感じです。

kanban.jpg

浅間神社境内にある神楽などの由緒書きです。隣の同じ旧荒川区・白久地区にも同じ神楽が伝わっています。
21:34  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑

2008.10.20 (Mon)

山中の異世界

「…昔、初めて鬼怒沼に行き着けた男が湿原で「天女のごとき乙姫が黄金に輝くはた織り機で白い絹布をパタリパタリと織っていた」のに行き会った。男はあまりの姫の美しさ不思議さに、夢見心地で我が家にたどり着いたが、家では丸三年も帰らない男の三回忌の法要を営んでいたという。また、1本でもこの地の花を採ると、姫の化身である大蛇が現れるといわれている。太陽の光が当たると沼の底が金色に輝き乙姫の使っていた黄金の機織り機が映るとされる。」(栗山村/日光市・奥鬼怒湿原の昔話より)

現在この伝説は「山の竜宮城」の話とも言われ、機を織っていた姫は「絹姫(きぬひめ)」という名でも紹介されています。

栃木県栗山村(現在合併により日光市)奥鬼怒は鬼怒沼湿原に以前登った時の情景を写真蔵から引っ張りだしてみました。鬼怒は「衣」又は「絹」の意味であると言われ、紹介した伝説中の「絹姫」の「絹」にも使われていますが正しくは毛野(けぬ)の転訛語だとの事だそうです。毛野は両毛(上野、下野)地方の古語となります。鬼怒沼山、物見山などに囲まれた南北3km、東西2kmの湿原で、大小40あまりの池溏があります。標高は2,000メートル程に位置しており、高層湿原としては日本一の高所にあるそうです。

kinunuma.jpg

こういう情景をモチーフに曲を作ってみたいと思いつつ、先延べになっておりますが…;;

近隣の川俣地区には(現在はダムの底になったといえ)マタギの村があり、またその習俗も残っています。普段を深い山で暮らす人々には、初めて山頂に開けたこの湿原に迷い込んで見た情景は、確かに常の山とは異なる世界だったのではないでしょうか。浦島伝説のある「海」は昔このあたりに住む人々にとっては話にしか聞かない世界だったでしょうが、その海に関わる昔話になぞらえられる伝説として残るのも興味深いです。
この異世界、異なる情景に出会ったときに生まれた伝説は、豊かな想像力と自然への畏敬に満ちています。

下は上の写真から少し経過して雲が開けたあと、少しだけ左に寄ったアングルから。

こちらのサイト「鬼怒川沼湿原物語」様で湿原保護活動や四季情景の写真を閲覧可能(※更新は停止中)。

kinunuma2.jpg
14:18  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.27 (Wed)

ドキュメンタリー「オオカミの護符」

7月中に購読している新聞の映画寸評欄で好評価を得ていた、この不思議なタイトルの映画。
元々民俗学に興味があるので凄く観たいと思ったのですが、上映館が少ないらしく、また観にいける時間を取れるかどうかもわからないので、先行発売中のこのDVDを入手しました。じっくり、少しずつ観ていった後、なんとなく心の中に温かいものが残りました。下はDVDのジャケットですが、こうしたオオカミの絵が刷られた御札をご覧になったことがある方はきっと多いはず。

ookami.jpg

武蔵の御嶽山・秩父の三峰山・宝登山・・・関東地方の広範囲に広がる山神の使いへの信仰。その中で川崎市宮前区に今も受け継がれ、存在する「御嶽講」の様子と、そこで暮らしてきた人々、そして今もそこで暮らす人たちが「お狗様」或いは「大口真神(おおくちのまがみ)」として信仰してきた、講の護符に描かれたヤマイヌ・ニホンオオカミの姿。この護符を通じ、地に足をつけて土に根ざし暮らす人々や地域同士・里と山のつながり。そうした日頃見過ごしがちなつながりを大事にし合って伝統を残していくことの意味を教えてくれる貴重で良質なドキュメンタリー映画です。
10月からポレポレ東中野などでの上映も行なっています。これは映像の良さからも、大画面で観ていただきたいところ。詳しい情報はこのblog右側の「公式系bookmark」の欄に企画制作された「ささらプロダクション」様のオフィシャルサイトへのリンクがありますので、ご参照下さい。民俗文化がお好きな方・興味のある方には決して損はない内容だと思います。

10/25付記・10月一杯、ポレポレ東中野にて公開中。11月末大阪・神戸にて公開決定。
※DVD:ささらプロダクションより通販にて入手可
全114分/詳細:公式ページにてチェックを。 
11:39  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.21 (Thu)

花の絶えない庚申様。

うちの実家の近所にある庚申様(こうしんさま)の塔です。
kousin.jpg

庚申様の信仰は平安時代ごろに始まり江戸時代には民間信仰として広まりました。暦の上で60日に一度来る庚申の日には近隣の人々が寄り集まって徹夜で談笑しながら夜を過ごす行事「庚申待ち(庚申講)」が行なわれ、庚申様にお参りし息災をお願いしました。庚申塔は庚申様を信仰する人々が供養のために建てた石塔のことです。
実家の方でよく見られる庚申塔には仏様の像(青面金剛)が彫られたものはほとんどなく、こうした字のみ彫った物が多く見られます。かつては多くの塔が広大な松の林に点在して、庚申の夜に訪れる人も多かったと聞きますが、高度成長期のコンビナートの設立で林が切り崩されると同時に道の辻やお寺の門前、墓地の前などに移されていきました。この塔もそんな中のひとつでしょうか。

それでも近所の人が供えていくお花は、今も絶えることがありません。
19:24  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑

2008.08.14 (Thu)

覚え書き・白久串人形

毎年4月に秩父市荒川地区白久(旧荒川村白久地区)で行われる白久串人形芝居の様子です。今回ご紹介するのは昨年上演の模様より。
私の住んでいる自治体と秩父市(合併前は荒川村と)が姉妹都市なので、この2月にはうちの方で行われた姉妹都市同士の大規模な伝統芸能発表イベントにも旧荒川村代表として参加されていました。
写真は実際に現地で見た時のもので、出し物は一番上が「傾城阿波鳴門巡礼歌の段」、二番目が「赤城の子守唄」、下の2枚が「御所桜堀川夜討弁慶上使の段」です。

kusi1.jpg

後継者の育成にも力をいれておられ、この「傾城~」の操演は地元の学生の皆さんでした。この後の2つの演目でのベテラン勢にも全く負けていませんでした。
尚、「傾城~」と「御所桜~」の三味線弾き語りは説教節の伝承者・3代目若松若太夫(※実際には3代というのは明治以降のことで、それ以前から数えると実に18代続いているそうです)。2月の我が街のイベントでも「傾城~」の語りをなさっていました。一時は浪花節などに押されて衰退した説教節ですが、後継者により見事に息を吹き返しました。ぱりっとした張りがあり緩急に富んだ声と、その声にからむ三味線の技巧は、人形芝居と別にしても素晴らしい聞き物です。

kusi4.jpg

この「赤城の子守唄」の伴奏のみ録音。この串人形の操作は2人で、「主遣い」が首や目、眉を動かして感情を、「手遣い」が「主遣い」の振りに合わせて手さばきをつけ、人形が本当に生きているような動きを表していきます。

kusi2.jpg

ラストの「御所桜~」、幕が上がった瞬間に観客から感嘆のどよめきが漏れました。登場の人形勢揃い、もう凄く豪華絢爛な舞台だったのです。全体がお見せできなくて残念。

kusi3.jpg

近隣には他にも皆野、横瀬などに人形芝居が伝承されています。機会があればそちらも是非観にいきたいなあ・・・。
15:04  |  郷土史・民俗(祭り/民俗芸能/伝承など)  |  EDIT  |  Top↑
 | BLOGTOP |  NEXT
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。